Tuesday, June 2, 2009



昨日、久し振りにお昼ねという贅沢なものをしました。
なんでだろう、服も着替えて、お化粧もして、出かける準備は万端だったのに、ベットにごろんとしたとたん、眠気がおそい、夢の中へ。

しかも、その夢は強烈な夢。内容ははっきり覚えている。


最初はある友達のなにか大きな周年記念パ−ティーが、どでかいホールで行われていて、わたしは、その会場を行ったり来たり。迷子になったり、ならなかったり。そこはどうでもいいんです。でも、そのあと、知り合いか親族と乗り合わせて、お昼を食べに行こうと言って車にのりこみたどり着いたお店でなんと、おばあちゃんが友達と食事をしていた。しかも特上のお寿司。たしかおばあちゃんはおすしが嫌いだったはずだが。
ちなみにおばあちゃんは2年前に他界しています。
若くきれいなおばあちゃん。たぶんあれは70歳くらいの時のおばあちゃん。でも年はは78歳。そこで話ががらっとかわって、その周年記念はおばあちゃんの生前葬ということになっていた。
『おばあちゃん、こんなところにいていいの?会場にいなくていいの?』とわたし、『だって、説法は退屈なんですもの』とおばあちゃん。あはは。
そしてこうつづく。
『みんないいかい?わたしは78、79、80がわたしの最期だとおもている。ひいおばあさまもそうだった。でも、わたしは、この80年間近く”生き続けて来た”。わかるかい?もう悔いはない。生き続けるという事は、気づき、行い、磨き、守り、愛するといことを続ける事。』
わたしは泣いていた。ひどく泣いていた。少し遠目からのアングルで見ると、周りにはさっきまで居なかったはずの、お母さん、おねえちゃん、そして、おかあさんの二人の姉妹がすわって話を聞きながら、泣いている。お母さんは若くて、目の辺りのが今よりつり上がっていた。
綺麗だった。
そして、おばあちゃんはおかあさんの方を向いて、『後継人の玲子!(母の名前』となにかおかあさんに教えをしはじめる。

そこでわたしは目覚め始めて、内容はあいまい。
でも、はっきり覚えているのは、おばあちゃんの女としての強さ、そして生き生きとした表情、そして、ほんとうに今死んでも悔いはない!といういさぎのよさ。
わたしが抱いた事のないおばあちゃんへの印象だった。
たしかに、彼女は30代で印刷業をはじめ社長を勤めている。しかも嫁に来たにもかかわらず。当時としたらあり得ないことだろう。おんな社長? あの時代に? 

いままでおばあちゃんの印象は、常に優しく朗らかで、愛情を持て余す事なく人に注ぐ。そんなものだった。それだけではなかったんだなー。あの人はわたしが思っている以上に強い人だったんだ。
生き続ける事ってただ生きてていればいい訳ではない。おばあちゃんがいった生き続けるという事は、死ぬまで人としてやるべき事、自分をいうものを確率していく事なんだと思う。
そして最後に言った愛するという事。 この愛はきっと全ての事への愛。
わたしは、おばあちゃんから本当の愛とはなにかを教えられきたとおもう。言葉ではなく心で。
だから説明は出来ないけれど、私がおばあちゃんになった時に孫に教える事は出来ると思う。
今はまだそれをどう表現していいか分からない。 
たまにそれは相手の負担にもなりかねないから。何が愛かなんて誰にも説明出来ないし、する必要もない。心に伝わればそれで十分なんだとおもう。でも伝える努力は大切。わたしもまだまだ。
話がすこしそれたかな?

目が覚めてもその映像が焼き付いて離れなかった、というか必死で記憶しようという意識が働いた。忘れてはいけないと思ったので、ノートにおばあちゃんが言った事を思い出しながら書き留めた。どんな場面だったかも。そのとき感じた印象も。
6月1日。なにか、新しい事を初めららる気がしたので、これは忘れてはいけないとおもった。

夢って不思議ですね。確実に何かと繋がっているんだとはおもいますが。
いい夢は覚えておくようにします。悪い夢は忘れちゃおw

そんなこんなんで、わたしも気づき、行い、磨き、守り、そして愛することに励みます!!

あら、もうこんな時間。いけないけないw
ながくなってしまった。

写真 セントラルパークの桜が散った後。夢っぽいかんじ。





No comments:

Post a Comment